6月 身近なのに、謎、、、「仏教」

仏教とは、生きている人がよりよく生きるための哲学である

生まれた家は曹洞宗で、先祖代々の仏壇があり、神棚もあった。
子供が生まれればお宮参り、七五三。
正月元旦には近所の社で初日の出を拝むのが地域のしきたり。
人が亡くなればもちろん仏教でお葬式をし、お彼岸にはお墓参り、お盆には精霊棚をつくって迎え火、送り火をたく。そしてクリスマスだって大好き。
お釈迦さまやイエス・キリストは歴史上の人物だけど、神がどこかに存在するなんて思っちゃいない。
つまり、無宗教といおうか、多宗教といおうか……。

そんな代表的日本人にとって、近いようで遠く、知っているようでよく分からない仏教が、今回の和gaku庵のテーマ。
はてさて、どんな講座になることやら……。

講師は友光雅臣さん。
天台宗のお坊さんであり、世界最大級の寺社フェス「向源」の主催者であり、DJでもあるという。まずは自己紹介から始まった。

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友光師、実はお寺の生まれではなかったそうだ。学生時代の彼女(今の奥様)がお寺の娘さんで、彼女のお母さんから、やってみないか?と言われ、この道に入ったとか。
大学時代は「DJをやって遊んでいる学生で、神と仏の違いも知らなかった」(本人談)。
大正大学から比叡山での修行を経て、僧侶になった当初は、死ぬまでお墓の世話するのかな? 後ろ向きな業界に入っていくのかな? と思っていたけれど、「仏教は思っていたより面白かった」と、目を輝かせる。

そんな友光師が主宰する「向源」は、2011年9月から、毎年開催している仏教イベント。
2011年といえば東日本大震災が発生し、日本中が不安な空気に包まれていた時期。プレッシャーを感じている若者たちにお寺に足を運んでもらいたいと始めたそうだ。
最初は一つの寺だけで開催して、参加は70名。年ごとに発展して、2016年には神田明神など神社も参加して1週間開催。参加者は1万5000人を集めたという。

「向源」とは、源、つまり自分自身と向き合い、自分がやりたいことを見つめる、という意味。若者に安らぎと居場所をつくりたい。仏教の精神で日本の本質を伝えたい。そして、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、日本の文化や美意識、本質を海外へと伝えたい。そんな思いを込めて続けているのだそうな。

……と、自己紹介が終わった後は、仏教のお話。
「お盆を知っている人は?」という友光師の問いに、おずおずと手を挙げる受講者たち。
「ご先祖さまが年に一度家に帰ってくる仏教行事では……?」という答えに、実はこれは本来の仏教の教えではなく、日本人の死後の観念から生まれた風習だと言う。
死んだら彼岸に行って暮らし、たまに行ったり来たたりすると、日本人は古来から、そう、仏教伝来前から考えていたそうだ。
そんな日本人の死生観は、お墓のあり方などにもよく現れている。お釈迦様はお墓はつくらなくてもよいと言ったそうで、仏教でお墓のあり方を決めてもいない。でも、日本人独特の死生観や先祖供養の気持ちから、お墓もお盆も生まれた。
つまり、インド発祥の仏教だけれども、日本の仏教は日本だけの独特のものなのだ。

日本の「お盆」の語源となったのは、インド語の「ウランバナ」。逆さまにつるされて苦しい、という意味なのだそうだ。それが中国に伝わって「ウラボン」となり、日本で「お盆」に。
お盆に唱えられる「盂蘭盆経」には、こんな話しが出てくるのだそうだ。

釈迦の10人の高弟の一人、木連が、他界した母を探しに行くと、天界では見つからず、餓鬼界に堕ちていた。お釈迦様に訪ねると、「君を育てるために、他の子供よりも君を大事にする等、いくつかの罪を犯した。そのために餓鬼界に堕ちたのだ」と。
そして、罪を清める方法を教える。目連がその通りにすると、母は天界へと行くことができた。

「この話しで、救われたのは、お母さんではなく、目連さんご本人です」と言う友光師。
そう、仏教はなくなった人の魂を慰めることで、生きている人自信が慰められる思想なのだ。

人は死んだらどうなるのか分からない。だから怖い。不安に思っている人をどう救うか。
そのために、生きている内に仏に近づく。不安や怖いことを取り除き、支えになること。
それが仏教が目指すゴール。
救ったり、救われたり、ではなく、自分自身がよく生きるためのもの。それが日本の仏教なのだ。

そうして、伝える相手によってふさわしい説法をすること――対機説法
悟りに近づく、あるいはか近づかせるための方法――方便
伝える相手によって、あるいは時代によって、どう救うかを追求――宗派
など解説の後、この10年ほどの仏教をとりまく環境について、「ネットで調べれば何でもわかる時代です。お坊さんを選んで、自分で話を聞きに行くことができる。お釈迦様以来数千年の中で、この10年は、本当の価値が試される時代だと思います」。
だからこそ、今、すごく楽しいと友光師。
「普通に悩み、普通に苦しみながらなんとか生きている普通の人と、普通に接したい。悩みや不安がない人はいないから」と、講座を締めくくった。

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なんだか漠然とした「仏教」というものが、少しだけ身近に感じられた。そんな和gaku庵だった。

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